資産を初めて”見た”日、50歳でFIREが現実になった

同僚
同僚

「新NISAに夫婦で満額入れたら、FIRE可能なんじゃない?」

職場の同僚から何気なく言われたその一言が、私の人生を変えました。49歳の夏のことです。

当時、資産運用とはほぼ無縁の生活でした。もっぱら銀行預金と、銀行に勧められるまま契約したドル建て保険くらい。夫婦でどのくらいの資産があるかすら、把握していませんでした。
それどころかFIREという言葉すら理解していませんでした。

第1章:資産を「見える化」したら、人生が変わった

同僚の言葉が頭から離れず、その週末に夫婦の資産をエクセルに書き出してみました。銀行預金、ドル建て保険、妻がコツコツ積み立てていた個人年金、会社の持株会…。

合計してみて驚きました。1億円を優に超えていたのです。

手取りの給与のうち、生活費は私の給与だけでまかなっていました。2人合わせた手取りのうち、半分近くが10数年間ほぼ手つかずだったことになります。ただ、それを「見て」いなかった。その数字を「見た」瞬間から人生観が180度変わりました。

体調を崩しながらも、”定年まで働いて、その後に自由を手にする”のが当然だと思っていました。でもその瞬間から考えが変わりました。限りある健康寿命を、もっと早くから使えるかもしれない。

十分頑張ってきたので、もう無理する必要はなく、納得する人生を選べるのでは。

第2章:49歳で資産運用を本格スタート、そして7ヶ月でFIRE

資産の全体像が見えた途端、次の疑問が湧いてきました。「この資産を、どう運用すれば安心して会社を辞められるのか?」

まず手を付けたのは、不要な保険の整理です。銀行に勧められたドル建て保険をすべて解約。その資金で米国債券を購入しました。同時に、旧NISAの最終年を活かして、夫婦2人分・計240万円のインデックス投信も買い付けました。

準備を整えながら、自作のエクセルで資産の取り崩しシミュレーションをしてみると、資産が底をつくリスクはほぼゼロという結果が出ました。数字が「大丈夫だ」と教えてくれたんです。

25年以上がむしゃらに働いてきて、体調も万全ではない。この先、役付定年で給与も退職金も下がっていく可能性もある。数字の裏付けが取れた今、決断しない理由が見当たりませんでした。

いろいろなリスクも考慮した。よし!FIREするための環境が整った!

その月のうちに、会社へ退職の意向を伝えました。25年以上勤めた会社を去る決断でしたが、不思議と迷いはありませんでした。そしてその数ヶ月後、50歳でFIREを達成しました。最初の一歩から、わずか7ヶ月のことです。

第3章:「遅い」は思い込みだった

今振り返ると、49歳からのスタートは決して遅くありませんでした。遅かったのは「始めること」ではなく、「自分の資産を見ること」でした。

資産運用の経験がなくても、暴落を乗り越えた経験がなくても、数字で確認して仕組みさえ作れば怖くない。そのことを、私自身が証明できたと思っています。

ひとつ正直に書いておくと、我が家はDINKs(子供のいない共働き夫婦)です。全員に当てはまる話ではないのはわかっています。

ただ、”まず資産を書き出す”という最初の一歩は、誰でも今日できます。『今から始めても遅いかな』と思っているあなたへ。まずそこから始めてみてください。

まとめ

49歳で初めて資産を把握し、7ヶ月後にはFIREを達成しました。特別な才能も、早いスタートも必要ありませんでした。必要だったのは「数字を見ること」と「仕組みを作ること」だけでした。

私が作った資産運用・支出の仕組みについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。